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退院のお知らせ(前)

年始から盲腸になってしまい、ついこの間の日曜日まで入院していました。

晴れて退院いたしましたので、ここに皆様にご報告したいと思います。

ご心配をおかけした皆様に於かれましては、ぜひ快気祝いなどにお誘いいただきたいと思います。

現在まだアルコールを摂取できませんが、1/21(水)の受診を経て酒解禁となる予定です。

何卒御高配の程宜しくお願い申し上げます。

 

以下は正直ただの日記ですので、これ以上読み進めても新たな知見などを得ることはできません。ご了承ください。

 

発症

1/2(金)の夜10時ごろ、コンビニ弁当食べて一息ついた10分後くらいにお腹が痛くなったんですね。

元々胃腸があまり強くなく、朝方にお腹ゴロゴロってのはよくあるんですが、この時のお腹の痛み方は子供の頃以来だなあとぼんやり考えてました。

痛み自体はそんなに大きくないんだけど、おもくおもーく、絶え間なくズウウウウウウウウウウウウウウウウウ…って感じで痛くて。

痛みはお腹の真ん中、おへその下、みぞおちのあたり。よく考えればここって胃じゃなくて腸でしょうか。後の触診でほんとの震源地はもう少し右脇腹の方だと分かりますが、最初は真ん中が痛いと思っていました。

食事を終えてすぐだったこともあり、この時は完全に食あたりを疑っていたので、お通じを頑張ってみたり、口に指突っ込んで吐いてみたりしました。結構戻せたものの痛みは全く改善せず。

 

正露丸の手持ちがなかったんでひたすら我慢することにしたんですが、ズキズキでもシクシクでもなく、強弱の波もなくずっと痛むのってそれなりにつらくて、夜中の2時ごろにコンビニに薬を買いに行ったりもしました。

そのまま横になってても痛みで眠れないし。

残念ながらコンビニには正露丸はなく、代わりに整腸剤買ってきたものの、案の定効かず。薬局の開く11時くらいまであと8時間以上かあ…と痛みに耐えながら寝っ転がってました。

 

近所で時間外診察

iPad電子書籍やネット見ながらひたすら耐えていましたが、朝の5時くらいにもなると、謹厳実直な公務員のように休みなく、激しくなることもなく緩むこともなく続く一定の痛みによる責め苦が耐え難くなってきました。

この頃になって病院に行く発想が生まれます。

夜間外来を避けるために朝まで待つことも考えましたが、1/3(土)なのでいずれにしろどこも休診で時間外診察になるのは同じだし、すでにこの時点で痛み始めてから7時間経過していたので、朝まで4、5時間耐えるのは正直厳しくなっていました。

もしかしたら胃洗浄とかやるのかなーとか思いつつ、近所の救急指定の病院の電話番号をネットで調べ、かけてみます。

出たのは当直と思しき男性で、控えめに言っても遠まわしに受診しないでくれって論調でしたが、まあそこはなんとかなだめすかし、受診したい旨を伝えて歩いて病院へ向かいました。

出てくるのは研修医か何かかなと思っていましたが、現れたのは民間企業なら定年過ぎてるかな~ってくらい、結構お年を召したベテランのお医者さん。「ブラックジャックによろしく」によればこういう時に現れるのは研修医のバイトと相場が決まっているのですが、正月はさすがに帰省しているんでしょうか。残念ながら夜間診察だと検査の機材を動かせないとのことで、問診と触診のみ行いました。

この触診で右脇腹の痛みを訴えたんですが、あまり重要と思われなかったのかよく聞こえていなかったのか、スルー。よく原因分からないからこれ飲んどいてね、と「ブスコパン」という薬を出してもらいました。

胃腸の鎮痛剤としては非常にメジャーな薬のようです。

「この薬飲んでも痛みが引かないようだったら、もう少し大きい病院に行ってね。うちは明日の1/3も休みだから、朝になってもこれ以上の診察できないから」と言いつつ、お医者さんは近くの大学病院の名前を挙げました。

本来ならレントゲンなりでいろいろ検査したいところだけど、休診日なので放射線技師さんなどが出勤しないとかそういう話のようです。

三が日だし、仕方がありませんね。

もらった薬をすぐに飲み、時刻を記憶しました。

5時33分。

 

はっきりとは言いませんでしたがこのお医者さんの口ぶりでは、どうも食あたりではなさそうでした。そうであれば通常は吐き気なり下痢なりの症状で表れてくるもののようです。

だとするとなんだろう・・・

もらったブスコパンは効かなさそうな気がしてきましたが、しばらくは効果が出るか様子を見る必要があります。

とりあえず1時間待てばいいかなと6時30分まで待つことにし、その間症状から想定される病気を検索してみました。

候補として出てきたのは胃潰瘍や十二指腸潰瘍。原因はストレスなどのほか食生活。

痛み止めに関する専門家っぽい方のコメントも見つけました。

ブスコパンなど鎮痛剤を飲んでも効かない場合、消化器自体が炎症を起こして痛みを発生させている可能性が高いです。胃腸そのものに炎症がある場合、当然ですが鎮痛剤はまったく効果がありません」

まじかー。ストレスに覚えはないけど胃潰瘍かな~と考えていたころ、6時半を過ぎました。

痛みはまったく引いてません。ずっと同じ強さで波も強弱もありません。飲む前と同じです。参った。

 

大学病院で時間外診察

ここで近所のお医者さんのお話の通り、救急指定されている大学病院に診てもらうため、電話をかけました。

出たのは20代半ばくらいかな?って感じの若い男性。

朴訥な感じで抑揚なく淡々と症状を聞いてきましたが、近所の病院ほどではないけれど、「時間外で体制整ってないから満足な検査や治療できないよ」ってニュアンスで、暗に受診を見送ってほしそうです。

「朝まで待って通常の受診時間帯になれば体制整うからそれまで待てってことですか?」って聞いたら、今日は三が日で休診日なので、あんまり変わらないという返答。うーん、なんだかなあ。

この時点で痛み始めてから9時間ほど経過しており、結構憔悴していましたが、時間をおけば回復するようなものではなく、医者の診察が必要な事態だと強く認識していました。

だって9時間もずっと同じ痛みが絶え間なく続いてる訳ですからね。

なので押し切る形でとにかく受診させてほしいと伝えて電話を切り、急いで支度して外に出ました。持ち物は財布とスマホのほか、なんとなく長丁場になるかもしれないと思い、モバイルブースターも持参。

先月末で退職しており、国保や任意継続への切り替えもまだできていない無保険状態だったので、念のためと思い20万円ほどATMで下ろしてからタクシーに乗りました。

 

時間外診察入口から入って受け付けすると、しばらくして救急室に通されました。

時刻は7時30分ごろで、患者は私だけ。

救命病棟24時」によると救命は常に殺伐とした空気に支配され、心電図や心拍数を表示するモニターの電子音がBGM代わりに鳴っているはずですが、意外にも町医者の診察室風です。医者の机と椅子があって、患者用のあの背もたれのない丸い椅子があって、傍らには診察用の簡易ベッドがあって。

正月は暇なのかなーとぼんやり考えていましたが、実は救命救急センターはもう少し奥に専用の施設として増築されていて、私が受診したこの救急室は今はそこまで緊急性の高くない患者や、時間外の診察のために使われているようでした。

出てきたお医者さんは20代半ばの男性で、多分電話の相手の当直医。

「ブラックジャックによろしく」によるとこういう時に出てくるのは研修医のバイトと相場が決まっているのですが、どうやらそうではなさそうでした。後ほど雑用を命令されたらしい研修医の世話になるのですが、彼らは名札のところに「研修医」って書いてあったものの、この若い当直医にはそれがありません。

だとすると若く見えて30前くらいなのかな?

声のイメージそのままで学者然とした風貌。抑揚のない声で静かに淡々と問診します。多分一度はうらなりってあだ名つけられたことがあると思います。

私はと言えばもう割ときつくなっててお腹押さえてうずくまるようにしていて、控えめに見ても結構つらそうに見えたと思うんですが、特に心配そうにするでも気を遣ったりするでもなく、非常に細かい事まで微に入り細に入り質問してきます。手順書読み上げるような調子で。

感覚的には30分くらいだけど、実際にはせいぜい5分か10分くらいなのかな?

やたら細かくて長い問診に、さすがに温厚な私も、この新米めー、そんなことまで聞く必要あるんかーとやり場のない痛みから精神的な余裕をなくしつつありました。

やっと問診が終わり、「じゃ触診しますんでそこ寝てください」と診察用の簡易ベッドに。

ここで聴診器あてたり指でお腹押したりするんですが、ここからはなんかえらい的確でした。

おへそから15センチ右、10センチ下あたりをぎゅぎゅぎゅーと押されて痛いと伝えると何やら得心が言った顔をし、一応念のためと言った感じで他の部分も押してみて痛くないのを確認すると、あとはこの部分を再度確認してきます。

「指をぐーっと押し込んだときと、押し込んだ後で指を離すとき、どっちが痛いですか?」

後者と伝えるとうむうむと頷きます。ほんの少しだけ表情が変わって何らかの手ごたえをつかんだ様子です。ちょっとだけ頼もしく感じてきます。診察は終わり。採血したあとレントゲンやCTを撮ることになりました。

CTは造影CTという奴。この時初めて知りましたが、造影剤ってのを点滴を利用して血液に流し込み、CTでより見やすく撮影するものらしいです。

造影剤は体温よりちょっと温かいくらいなので、点滴での投与をやると、お湯に浸かったような不思議な感覚を体験できました。文字通り体の中から温まる感じ。

造影剤には副作用もあるらしく、造影CT取る前に同意書書かされたんですが、温まった以外には特にこれという症状は感じませんでした。

この時点で多分8時から8時半くらいかな?

電話で問い合わせたときには満足な検査できないようなこと言ってた割に、レントゲンもCTも撮れるのはさすがに大きい病院だったからなのかなあ。

明らかに白衣に着られてる研修医に道案内されてレントゲンやCTを撮り、また救急室に戻ると、いつの間にか看護師や医者がかなり増えてました。

医者のほとんどは研修医でしたけれど。名札にそう書いてありました。

 

簡易ベッドに横になって待っていると、何度か気絶するようにうたた寝してしまいました。

あと、採血だか点滴の針を刺すのを研修医に一度失敗→やり直しされました。そういやあいつ謝んなかったな。

10時過ぎになると、診察してくれた若いお医者さんとも、所在無げにその辺うろうろしている研修医とも明らかに違う、30代前半と思しきお医者さんが現れました。

ちょっとがたいもよくて色黒で、体育会系な雰囲気です。違う場所で職業当てクイズやったら10人に8人はガテン系だと答えそうな風貌です。多分大学のサークルの飲み会では、3年生にもかかわらず真っ先に一気とかしてそうなタイプです。

白衣ではなく青い作務衣っぽいのを着ています。自信と経験に裏打ちされた力強い声です。

「検査して分かりましたが、虫垂炎、盲腸でした。切らなきゃ治らないんで手術しましょうか」

「え、今からですか?」

「ちょっと準備がありますが、12時くらいからやります。その後そのまま入院ってことで。入院期間はだいたい1週間くらいです」

これまた急展開です。即断即決です。手術とか入院とかってこんなにあっさり決まるもんなんでしょうか。

「指をぐーっと押し込んだときと、押し込んだ後で指を離すとき、どっちが痛いですか?」

お腹をぐりぐり押しながら、当直医と同じことを聞いてきます。後者の方が痛いというと「離すときの方が痛いのは、盲腸の炎症が広範囲に広がってる証拠なんですよ。切んなきゃダメっすね」と言います。

どうやらあのうらなり当直医は、痛みを訴える位置で盲腸だとあたりを付け、痛み方で手術が必要なレベルと考え、所見を確実なものにするために必要な検査を行い、この作務衣医者に引き継いだようです。

後でわかったんですがこの外科医丸出しの医者は消化器外科の先生で、盲腸の手術は専門分野にあたるみたいなんですね。

うらなり先生はちゃんと問診と触診で適切な医者を呼んでる訳で、プロの仕事を垣間見た一種の清々しさを感じつつ、胃潰瘍よりマシだったかなー、でもそのまま入院すると仕事とか困るなーと考えたりもしながら、まあ切んなきゃいけないなら仕方ないよねとその場で同意し、手術準備に入りました。

 

手術

車いすに乗せられ、まずは4階にある病室に連れていかれました。

HC室と呼ばれるナースステーションのすぐ横に位置する病室で、術後など重点的に経過監視が必要な患者を収容する場所のようです。

手術と入院に必要なものとして丁字帯とか術後腹帯とか浴衣とかストッキングとかあるんですが、これらは看護師さんにお金を渡して買ってきてもらいました。

丁字帯はふんどしみたいな代物で、パンツの代わりに使います。二つ必要。

術後腹帯は文字通り手術後に使う腹巻のようなもので、お腹を保護するために使います。ひとつ必要。

浴衣は寝間着替わり。術後はいろんな管がついており、帯を解くだけでお腹を確認できるので、パジャマよりこちらの方が良いようです。

ストッキングは膝下までのタイツのような長い靴下。野球のストッキングが近いです。足に血がたまりにくくなるように履く、と聞きました。たぶん。

実際にはストッキングだけではなく、膝下を覆うマッサージ器のようなもので間欠もみほぐしを行い、合わせ技で血がたまらないようにしていたようです。血栓とかを懸念してるんでしょうか。

手術中は浴衣ではなく簡単に脱げる手術着を着るんですが、これはレンタルだったかな?

盲腸の手術と言えば毛を剃られるって話が有名ですが、ご多分に漏れず剃られました。下腹部だけ。

あと、酸素マスクつけるからってことで髭も剃らされました。

実際には酸素マスク以外にもいろんな管を口に突っ込んっでテープで固定するので、髭があるととてもじゃないけど・・・ってことのようです。

ほか、手術にお決まりの同意書を数通。

同意書と同時に、レントゲン写真(CTかも)を見せながら作務衣先生が手術の説明をしてくれました。

「虫垂って腸からちょろっと出てるちっさな器官なんですけど、そのつなぎ目のところに石が詰まってるんですね。そのせいで本来だったら液とかが腸と行き来するのにそれができなくなって炎症起こしてるんス。レントゲンのこの白いのが石っス」って感じで分かりやすく教えてくれます。

緊急連絡先となる実家に作務衣先生が連絡してくれていたので、私からも事態説明の電話を手短に。

そんなこんなで準備していると時間が経つのはあっという間で、12時半頃に再び車いすに乗せられ、看護師さんに押してもらいながら手術室に向かいました。

 

手術部があるのは2階。

このあたりからは麻酔のせいか、ほぼ徹夜状態だったせいか少々記憶が曖昧です。

手術室前まで行くと、6名くらいの男女が待機していました。

執刀医や麻酔医が、ひとりひとり腰をかがめ、きちんと名を名乗って挨拶し、どんな風に手術を行うのか分かりやすく説明してくれます。

総じてとても懇切丁寧で、偉そうな感じとかはまったくなく、むしろ下手なくらいです。説明の内容そのものは非常の簡単なものですが、患者に理解してもらい、不安感をできるだけ取り除こうという意識をとても強く感じます。

医者というよりはちょっと高級な飲食店の店員さん的な物腰と丁寧さ。大学病院って接客面ではあんまりいい話を聞かないことが多かったんですが、作務衣先生といい病棟の看護師といいこの執刀医や麻酔医といい、ここまでのところそういった予断を悉く裏切ってくれています。

あ、うらなり先生のアレはたぶんああいう個性なんだろうと思います。

 

「それじゃそろそろ」と手術室に入ります。現地集合の飲み会で、予約の時間になったのでお店に入るのと同じくらい気軽で無造作です。

周囲の医師陣は会った時にはすでに済ませていたのでしょうが、患者自身は消毒的な術前儀式は何かないんでしょうか。精密工場にあるようなエアシャワー室(四方八方から強い風吹きつけられて粉塵を落とす)通るとか。後で聞いたら手術前にお風呂入ることもあるらしいんですが、消毒はやった覚えがありません。忘れちゃっただけかな?

手術室の広さは50平米ほど。無影灯は二個なんだなーなどと考えながら手術台に横たわりました。背中があったかいです。床暖房的な感じで温めてありました。最近はウォッシュレットだって節電で最初は冷たいので、なかなかの気配りようです。

背中がひやっとしてびっくりしてぽっくりでは洒落にならないので、気配りというよりは医療上必要なのかもしれませんけれど。

 

麻酔は全身麻酔。盲腸だと全身麻酔が普通なのかな?

麻酔と言えば酸素マスクに流し込まれる笑気ガスって認識だったんですが、これ単体ではなく、なにやら背中に針をさしてどーたら、と説明されました。硬膜外麻酔ですよねこれ。「チームバチスタの栄光」で使ってた麻酔かなー、いやだなーなどとぼんやり考えていました。

手術台に寝るとまず、背中を丸めて足を抱えるように横を向いて寝転ぶよう指示されました。さっそく硬膜外麻酔をはじめたようで、麻酔医が背中の方で針を刺していました。ちくりとはしますが、特に痛かったりとかはありません。

針を刺し終えると仰向けに戻り、手術着を脱がされ(寝たまま紐をほどくだけで簡単に取れるようになってます)、マスクをつけられて執刀医や麻酔医と二言三言言葉を交わします。

・・・交わしたはずですが、このあたりで入眠したのかぼんやりした記憶は途切れ、気づくと手術が終わっていました。

麻酔医に名前を呼ばれ、朝の目覚めのように割と瞬間的に意識が覚醒しました。

同時に、喉にたくさん詰め込まれている何かの管で嚥下できない状態が苦しくて、ちょっとパニック気味に。

すぐ外してくれて事なきを得ましたが、あれって起こす前に外した方が良いんじゃないかなあ。

車いすを押してくれる執刀医に聞いてみたところ、かかった時間は1時間半くらいだったそうです。

 

術後

手術を終えてHC室に戻ると、当たり前ですが術前と違ってお腹の痛みがないことにまず感動しました。

結局半日以上盲腸の痛みに苦しめられていたので、その痛みがなくなった解放感が非常に強かったんですね。

当然術後すぐは麻酔もまだ効いているうえ、痛み止めの点滴も投与されているので、盲腸を切った痛みもありません。

折からの寝不足もあり、こんこんと眠り続けました。

身体を起こしたり寝返りを打ったりするのは禁止されていたので、起きていたにしてもあまりできることはなかったんですが。

手術から戻ったのは午後2時ごろでしたが、寝ては覚め、寝ては覚めで気づいたら夜になっていました。

 

HC室にいる間(術後24時間かな?)は2時間に一回検温と血圧測定をやりました。

私は平常時の血圧は上が90代後半、下が60代後半と普通より低め。この時も平常時と同様の血圧で推移していました。熱は盲腸のせいか手術のせいか、38~39℃あたりをふらふら。

私は異様に高熱に耐性があるのでこのくらいでもちょっと火照ってるなと感じるくらいで具合悪くはないんですが、夜間の経過監視を担当したベテラン看護師によれば、あまり好ましくはないようです。当たり前か。

解熱剤投与したいけどそのためには血圧が低すぎるってことで、血圧を上げるために点滴から投与されていた痛み止めをカット。

「ちょっと痛いかも。ごめんね~、あんまりひどいようなら言ってね」って脅されて少々びくびくしましたが、確かに痛みは出るもののちょっとチクチクするな、くらい。もっと痛い盲腸の痛みを半日耐えていたので、このくらいはへっちゃらでした。余裕で眠れるレベルです。

痛み止めには降圧効果かなにかがあったんでしょうか。血圧も無事110程度まで上昇したので解熱剤を点滴から投与。その後無事に38℃を切る程度まで下がりました。その後も数日は38℃近辺をウロウロするのですけれど。

 

看護活動の一つに、清拭というものがあります。「せいしき」と読みます。

患者にいう場合は伝わりやすいように「体拭き(からだふき)しますね」とか言ってくれたりします。私が入院した病院ではだいたい10時くらいにやるようでした。

一般の病室に移った後は手の届かない背中以外は自分でやる必要があった(お湯を入れたバケツを配ってくれるだけ)のですが、HC室にいる間は身動きできません。

なのでうら若い看護師さんが大き目の洗面器とタオルを持ってきて、全部やってくれます。うーん。看護師さんってすごいなあ。。。

清拭とは別に、晩と朝に顔拭きと口濯ぎも来てくれました。これはなんていうんだろう?

一通り顔を拭いてくれた後、医療用の水飲み器(吸い飲み)にモンダミンがちょっとだけ含まれた水で軽くうがいさせてくれます。洗顔と歯磨きの代わりかな?

この二つをやってくれると、だいぶ体がすっきりして気分が変わりました。こういう、治療行為そのものではなく患者の世話に近い看護活動って、患者の気持ちに寄り添う部分が大きいです。いやほんと、看護師さんの働きぶりには頭が下がります。

お年寄りの入院患者が「ぜひうちの孫の嫁に」などと言い出す気持ちもよくわかります。

ここの病院の看護師はそんな素振りは見せないものの、一般的に看護師はかなりストレスフルな仕事で、職業意識は押しなべて高いものの本音の部分は結構ドロドロしてる方が多い気もしますが。。。

今まで会った看護師が軒並み「仕事中のあたしは女優なので(患者さんにはいつも演技で優しくニコニコ振る舞ってるということらしい)」「この辺から声出てるので(頭上に手をかざしながら。地声より高い声で患者に接しているらしい)」とか言うような人ばっかりだったし。うちの姉も看護師だし。

 

結局、何の略称なのか最後まで不明(聞いとけばよかった)だったHC室には、術後24時間ほどいました。

日勤の担当看護師に「そろそろ普通の病室いこっかー」と軽く案内され、車いすですぐ隣の8人部屋へ移動。まだ1/4の日曜日で、おそらく一時帰宅できる入院患者はお正月で出払っていたのでしょう。その大部屋はがらがらで一人しか入っていませんでした。

 

 

あほみたいに長くなってしまいました。

気が向いたら以降の入院生活についても書きたいと思います。